『本厄男子、海外ラリーを完走ス!』 発売!

ついに、ついに出版です!



Kindleストアで発売開始となりました(`・ω・´)ゞ amazonで「ラリーモンゴリア」と検索すると出てきます。 ※Kindleをお持ちでなくても、フリーソフトのKindleアプリを使えば、iOS/アンドロイドのスマホやタブレットなどでご購読出来ます。




内容は『バトン's blog』で連載していた『モンゴリアン・チョップ!!!!!』に加筆訂正して1本の物語としてまとめたものですので、ブログのほうをご購読された方は特にご購入していただく必要はありませんが、ご購入いただくと、次の自分のラリー挑戦資金の足しになります ((ノ(_ _ ノ)ヨロシクオネガイシマス

そしてご購読していただかなくても、スライダーで最後のページまで進めていただき、ブログを読んだ感想から、ごく簡単でいいので「レビュー」を付けていただくと、素晴らしい販促活動となって、自分が大喜びします (^^ゞ

電子書籍はただ出版しただけでは売れっこないので、みなさまのお力添えが必要です。可能でしたら、ご協力いただければ幸いです。なにとぞ、よろしくお願い致します。






    



  

ETAP-9 完走

物事って終わってみるとあっという間、モンゴルから帰国の朝を迎えました。


自分は成田便でホテルから出発するのは朝6時なのですが、Team オーマイガッ!の他の面々、小栗さん、シンヨさん、ノビさんは関空便で(そっちのほうが5万円ぐらい安いんです)、ウランバートル空港からの離陸が朝6時ぐらいなので、ホテルからは朝4時に出て行きました。自分はベッドの中から、出発するシンヨさんに、

「じゃあ、次は2年後ですかね ( ̄ー ̄)vニヤリッ 」って声をかけて、次の海外ラリーへのチャレンジをなんとなく約束しました。



上記のように成田便は高いし、乗り換えもあるしであんまり人気がなく(関東の人も関空便で、そこから国内便や新幹線で移動する人が多いみたいです)、成田便に乗った日本人は10人ほど。10時前にモンゴルを出たんですが、北京での乗り換え時の待ち時間があり、さらに出発遅延があったりして、成田に着いたのは夜22時ぐらいでした(^_^;)





実はこの到着時間、結構やばい… 成田からの終電は23時ほど(夏休みで普段より遅い臨時列車がありました)、北京で飛行機の中で飛び立つのを待っている時から、「う… これ以上遅延すると終電に間に合わねんじゃねorz 帰国しても家に帰れず成田泊まりかなぁ… 関空便なら午前中には日本に着くから、余裕で東京まで帰れたのに、失敗した」って焦ってました。

なので、荷物を受け取ったらBダッシュで、地下の成田空港駅に向かったんです(`・ω・´)ゞ


そしたら、自分の後ろに同じく、いそいそとエスカレーターを降りる人が… この人は自分でも知ってます、てか、誰でも知ってるでしょう、日本人ラリーストの頂点、あのパリダカを制覇した篠塚建次郎さんでした!

篠塚さんはラリーモンゴリアにジムニーで出場していたんですけど、雲の上の方ですし、2輪の自分は接点がなくて話す機会もなかったんです。でも、「篠塚さん、やばいっすよ、終電ギリギリです!」って声をかけて、二人で急いで電車に乗り込みました。



もう四半世紀も前の話ですが、自分が高校生、大学生の頃、年末年始にテレビで毎日中継されていた、パリ・ダカールラリーを見て、「いつか、自分も海外ラリーに…」って夢をふくらませていました。

そのとき、テレビの画面で応援していた、あの篠塚さんと自分が、いま二人で電車に乗っているんです! ここぞとばかりに篠塚さんとアレコレ話をさせていただきました face02 いや、最後の最後に嬉しい出会いがありました。そして、「やっぱり、いつかはパリダカ…」って思いを新たにしました。





家に着いたのは、深夜1時過ぎ。さすがに嫁さんと娘も寝静まっていました。



でも、玄関に小学二年生の娘が作ってくれた「とろひィー」が置いてあり、廊下には「ゴールテープ」が貼ってありました。










BAJAでのクラッシュから2年。ついに自分は無事に帰宅、完走したんです。






モンゴリアン・チョップ!!!!! 「完」


  

帰国準備~表彰式

ゴール、そして表彰式が行われるチンギス・ハーンホテルの全景はこんな感じです。





さすが、モンゴルで3本の指に入る高級ホテルということで、たいそう立派な感じでした。到着後、仮表彰のあとにバイクを自分で洗車しなければならない(船積みするとき、土壌や生物などが付着していないように)と言われていたんですけど、ホテルの人が洗車サービスをやってくれました face02






こうやって地下駐車場に入れておけば、3000トゥグルグ(約180円)で洗車してくれるとのこと。そりゃあ、早く部屋に入って風呂に入りたかったので、いくらかかってもかまわないから、みんなお願いしていました。





ゴール日は、Team オーマイガッ!の面々で、チンギス・ハーンホテル内の中華レストランにて祝杯!







いや、美味しかったですよ。ひさびさに羊肉以外の料理を食べたって感じでしたしw でも、会計の時…






なんと33万7700トゥグルグ! モンゴルではガソリンを入れる時ぐらいしかお金を使ってなかったんで、いまいち金銭感覚が分かっていなかったんですけど、計算すると2万円強。4人だったので、一人頭5000円… ちょっと待て、いくらなんでもモンゴルの物価でこの価格はボッタクリ過ぎだろう orz

※モンゴルの平均月収は9000円程度。まあ、これがこのレストランのメニューの値段なんですけど、そりゃ、この値段じゃ、よく分かってない外国人しか客が来ないわけだw だって、日本の感覚で言ったら(統計での日本の平均月収は平成23年で40万9000円)、一人20万円以上の食事ってことになるわけですからね ┐(´ー`)┌







翌朝、洗車されてすっかり綺麗になったバイクを保税倉庫に持ち込みました。ここで、バイクと一緒に輸送する荷物も仕分けして、内容物を書いて(カルネ輸送なので、消耗品以外は持って帰らなくちゃならないんです)、コンテナに入れて、はい終了。




しかし、倉庫に行くのはバイクに乗って行ったからいいんですけど、ホテルへの帰りの足は用意されていません。要領の良い人は主催者のクルマに乗せてもらっていたんですけど、Team オーマイガッ!の面々は荷造りで手間取っていたりする間に、乗るクルマがなくなりました…

「ま、表彰式までに帰ればいいや。どっかでタクシーでも拾おう」って、みんなでテクテク歩くことに ( ´ ▽ ` )ノ













しかし、ちょうど通勤時間帯だったってこともあって、タクシーはまるで捕まらず、というかどれがタクシーなのかよく分からず… バスはいっぱい走っているんですけど、地図もないし、モンゴル語も読めないからどのバスに乗るとどこに行くのかさっぱり分からず…



でも、小栗さんが凸してくれました <(_ _*)> アリガタイ 小栗さんが、道路に止まっていたクルマのドライバーに話しかけ、「ホテルまで5000トゥグルグ(300円)でどうよ!」で交渉成立(白タク)




しかし、渋滞していて街を大きく迂回したりして、結局、30分ぐらいこの白タクに乗っていたんですよね。ホントに300円でこの運転手はガソリン代の元が取れたのか不明… なんか申し訳なかったw








そんなこんなで、なんとかホテルでの表彰式には間に合いました。「Team OGUshow with MOTO AVANTI(+Gunsmithバトン)」=略称「Team オーマイガッ!」は、全員が初出場にして、見事、チーム優勝の栄誉を勝ち取ったのです(`・ω・´)ゞ



#7 小栗 伸幸(KTM 690RALLY)  二輪総合7位(日本人1位)

#8 佐野 新世(KTM 500EXC) 二輪総合9位(日本人3位)

#9 大塚 正樹(YAMAHA WR450F) 二輪総合16位(日本人7位)



そしてモンゴルの宴は終わり、明日、日本に帰国します。



  

ETAP-8 その3

「えーっと、いま200km走ったから、あと300km。80km/hで走り続ければ、あと4時間足らずの我慢だな…」という感じで、ルート変更になりルートマップはないので、ひたすら距離計とにらめっこしていました。寒くて寒くて体が芯から冷えて、手の感覚は遠の昔になくなっていました…

小栗さんは片手ずつ金玉にあてて手を温めていたってw まあ、あそこはバイクで走っている時に風が当たらず温度が下がらないからねw 右手を温めるときは、左手でアクセルを回して走り続けたそうです(´・∀・`)





指示があったのは、「ウランバートルの街に入る直前、右側で集まる」ってことだけだったんですけど、自分は後ろからゆっくり行ったので、すでにラリーマシン達が集結していてすぐに集合場所が分かりました。









この集合場所が吹きっ晒しでこれがまた寒い… ライダーは風よけになる日野トラックのカゲに隠れてガタガタ震えてました。








そして、仲間紹介のときに書いたように、シンヨさんはこの集合場所で「体を温めてくる」といって、エクストリームライディングを披露しはじめ、モンゴル人・日本人問わず大受けでしたw









結局、2時間ぐらい待ったかな。ようやくウランバートル市街のパレードを先導するパトカーが到着して、出発することが出来ました!




パレードはパトカー先導で、そこのけそこのけ状態、パレード交差点ごとに警察官が立っていて、交通を止めて、ラリーカーのパレードを通してくれました!

待っている間は、「もう、パレードなんかいいから、さっさとホテルに行こうよ…」って言ってたんですけど、このパレードは気持ちよかったw 道行く人がみんな手を振ってくれて、ヒーロー気分を味わうことが出来ました ( ´ ▽ ` )ノ





そして、ゴール!








ゴール地点は、モンゴルでも3番目に高級というチンギスハーン・ホテル。なんと、楽団まで待っていて、高らかに演奏しながら迎えてくれました。

「本当に俺はラリーを完走することが出来たんだ! ここまできたら、もう浮かれてもいいよね!」って、ホッとしたというのが一番の感情でしたね。







ラリー・モンゴリアを走りきったTeam 一平ちゃんの面々。いろんなことがあったけど、一人で走るラリーだけど、仲間がいたから完走出来たんです!








これがフィニッシャーズメダル。BAJA1000のときは、小栗さんにもらいましたけど、今度は自分で勝ち取りました(`・ω・´)ゞ





…連載は、もうちょっとだけ続くんじゃw


  

ETAP-8 その2

とにかく寒かったんですよ… 8月19日ですけど、この日走っていたときは小雨交じりで気温は10℃前後。冬のツーリングって感じですね(^_^;)





ノビさんの乗っていたクルマがパンクして修理のために止まり、そこに小栗さんも寒さに耐え切れず止まっていたので、自分も止まりましたw

小栗さんに「うぉー、寒くてたまんねー! バトン、昨日の夜と今日の寒さどっちが辛い?」って聞かれましたけど、「愚問です」と一蹴しました face03

寒くてつらいけど、まあ、このまままっすぐ舗装路を500km走ればいいだけですからね。この8日間を振り返りながら、のんびりと走って行きました ( ´ ▽ ` )ノ




しばらく行くと、道路左側にゲルや簡易の建物が4軒ほどある、ロードストップのようなところがあって、モンゴル人ライダーが7~8台止まっていました。そこに自分を含め、あとから来た日本人ライダー数人が道路右側に止まりました(モンゴルは右側通行)



自分とシンヨさん、そしてハラさんがいたんですけど、モンゴル人ライダー達がなにやら住民とケンカしています。なにを言っているのか、なにが原因なのかはまったく分かりませんが、そのゲルの住人らしき家族たちとモンゴル人ライダーが大声で言い合いになっていて、一人のモンゴル人ライダーが住民を追いかけて殴りはじめました。

ハラさんは「ヤバイよ、ヤバイよ、早く行こう!」って言い即座に出発しました。モンゴル人ライダーも日本人ライダー達に向かって、手振りで「関係ないだろ、さっさと行け!」ってやってます。自分とシンヨさんは、用を足してグローブを2重にハメたりしてゆっくりしてから走りだしたんですけど、ここはハラさんの判断が正しく、さっさっと逃げるべきでしたね。銃とか持ちだされたらたまんないし…



あとで聞いた話ですが、自分たちが立ち去ったあと、今度はモンゴル人のクルマのラリー参加者がそのケンカをしていたライダー達に合流して、「やっちまえ!」ってゲルにラリーカーで突っ込んで潰したそうです。なかに人がいたらしいのですが、ケガ等があったかどうかは不明です。

その後、ウランバートルでの警察先導のパレードにモンゴル人参加者はバイクもクルマもなにごともなかったように参加していました。翌日の表彰式にも平然と出席していました。



モンゴルの人々の生活レベルを見ると、ラリーに参加するような人たちは、モンゴルでは相当なお金持ちです。このケンカの一件でモンゴルの貧富の差を思い知りました。

金持ちケンカせずじゃないんです、モンゴルの金持ちはケンカをしても罰せられないから、好き勝手にケンカ出来るんです。

普通、日本人の考えだったら、そんな暴力行為を働いたら逮捕されるのが当然であり、自分を止めるでしょう。でも、モンゴル人のお金持ちには関係ありません。「司法機関に訴えられてもカネ・コネの力でなんとでもなる」と思っているから、そうやって平気で暴力行為に出ることが出来るのでしょう。





自分は昔、もう20年も前になりますが、大学時代にバックパッカーでアジアを旅して、インド、ネパール、カンボジア、ベトナムなどで当時の外国の底辺の生活を見ました。だから、モンゴルでも底辺の生活には驚きませんでした。でも、逆側、外国の金持ちに触れることはこれまでの自分にはなかったので、初めて思い知ったんです。


「ああ、貧富の格差の激しい国での金持ちは、本当に特権階級なんだな」って



  

ETAP-8 その1

ETAP-7のゴールのビバークもツーリストキャンプで、設備が整っていました。この写真は早く着いたシンヨさんが雨が降り出す前に撮ったものです。







案の定というかなんというか、昨夜、自分が帰ってきたときは、ETAP-6のビバークをすっ飛ばして近道して、このビバークに向かったはずの荷物が届いていませんでした…

まあ、上記のようにツーリストキャンプで、荷物がなくてもちゃんとベッドがあるので、濡れたウエアから下着まで全部脱ぎ捨てて素っ裸になり、乾いたベッドでゆっくり寝ることができました (´っд・。)(´σд-。)(´-ε-`)。o○ zzZ



しかーし、翌朝になっても荷物が届いていません! というか荷物は昨日の夜中に届いていたんですけど、「雨が降っているので荷物を下ろす場所がない」といって主催者が渡してくれません…

朝起きて、腹が減ったし、トイレにも行きたい。でも、服はすべて濡れていて、そんな冷たいものを着たくありません…



…結果、こうなりました(`・ω・´)ゞ








乾いているのはシーツしかないから、それを体に巻いて食堂まで行きました face03 自分は「これしか方法がない!」って思ってこうしたんですけど、みんなにはオオウケでしたねw

まったく言葉の通じないモンゴル人にも、この格好で「ナマステ~」って言うと笑ってくれました face02





さて、最終日のETAP-8ですが、どうなるのかまったくインフォーメーションがありません。ブリーフィングの時間の告知すらありません。本来はSSが178km、リエゾンが386kmなのですけど、「まあ、この雨とこの状況じゃ、SSカットでウランバートル直帰だろうな」って高を括ってました。

朝食を終えてライダー3人はゲルに帰ったら、そのあとなんの告知もなく、いきなり食堂でブリーフィングがはじまり、やっぱりSSカットになったそうです。ノビさんが「そろそろブリーフィングやるんじゃないの」ってのを見越して食堂で待っていてくれて、ブリーフィングの内容を伝えてくれたので助かりました (^_^;)


そして、ようやく荷物を下ろしてくれたので、みんなで出発準備をしました。




もう競技は終わり、あとは舗装路だけ500kmぐらいを走るのみです。外は雨だし、寒いし(外気温10度前後)ですけど、みんな気がラクになって笑顔でーす face02






ゴールに向けたラストラン、出発!



  

ETAP-7 その4

雨はますます激しくなり、さらに近くに雷が落ち始めました…






※写真はイメージです。この夜間走行は写真を撮る気にもなりませんでした…




まわりはなにもない丘陵地帯。雷があまりに激しく危ないので、送電線の鉄塔の下で止まって雷が収まるのを待ちました。このあとこの送電線に沿って進むはずです。

雨宿りするようなところはないので、バイクに跨ったまま雨に叩かれながら、10分、20分ぐらい止まっていたでしょうか。少しは雷が少なくなったので、コイケさんと二人で走り出しました。



走りだした直後、自分は転倒しました。


雨に濡れたピストはものすごく滑りやすく、路面を確認しようとスタンディングした瞬間、リヤの荷重が抜けてツルンと一瞬で転びました。前を走るコイケさんは自分の転倒に気づいていません。転んでグローブは泥だらけだし足元も滑るので、なかなか起こせず、ついにコイケさんのテールランプも見えなくなり、まったくの暗闇となりました。

途方に暮れました。路面も見えない、ケガをしていてバイクを起こすこともままならない、雨はますます激しくなる。まわりに明かりはまったくない誰もいない荒野。体はどんどん濡れていきます。雨宿りするところもなにもありません。万が一、ルートを間違えたらどこに行くのかも分かりません。一晩中、雨の中をさまよう事態になりかねません…



しかし、数分後、前方に一台のヘッドライトが見えました。コイケさんが心配して戻ってきてくれたんです! もう、神様かと思った face06

このあと、自分はさらに数回転びました。でも、今度は置いてけぼりにならないように、転んだ瞬間に「うわ~~~!」って力の限り大声を上げることにしました。もう恥も外聞もありません。自分が生き残るためにはなんでもありです。幸いにして、その大声でコイケさんは気づいてくれて、いつも転ぶたびに待っていてくれました。



スタンディングするとリヤの荷重が抜けて危ないことが分かったので(腰を引いて立つような芸当は、このときの自分の足では出来ませんでした)ひたすら後ろにシッティング。でも、座っていると路面がまったく見えないので、前を走るコイケさんのテールランプだけが頼りです。

路面はまったく分かりません、なにも見えません。コイケさんの2~3m後ろにピッタリと付いて、真っ暗闇の中で1点だけ光るコイケさんのテールランプの挙動で路面の状況を判断して走ったんです。コイケさんのテールランプの動きを見て、「ギャップがあるな! ここは滑るんだな! これは……穴かぁ!!!!!!」と身構えて対応して走り続けました。




雨と雷がだいぶ収まってきたかと思ったら、今度は霧が出始めてまさに五里霧中。送電線沿いに進むわけですが、鉄塔から数m離れるともう見えないほどの視界しかなくなりました。何度も止まってルートを確認するコイケさん。自分のマシンと体ではもう付いて行く事しか出来ないので、コイケさんが悩んでいるときは、頭をフルに回転させて助言し相談し合いながら進みました。

本当にこのルートで合っているのか? 全然、見当違いのところを進んでいるんじゃないのか? もうGPSポイントもなかったので、自分たちがどこに向かっているのか確証がないまま、それでもゴールを目指して二人で走り続けたのです。



そうして、永遠に続くかと思えた暗闇ですが、ついに遥か彼方に街の明かりが見えたのです!

助かった、心底助かった、これで生き延びることが出来た。あの明かりがゴールであろうとなかろうと、街があるなら人がいるから、あの明かりにたどり着きさえすれば遭難することはないわけです。そして、自分たちはちゃんとオンルートを走っていて、無事、ゴールに辿り着きました。

ゴールは22:00頃で、日が落ちてから2時間ぐらいのことでしかなかったんです。でも、その2時間は永遠に続くかと思えるほど辛くて怖い道程でした。





ゴールから10kmほど舗装路のリエゾンを走って、ビバークに到着しました。





ノビさんが待っていてくれて、「良かったぁ!」って。自分も、生きて帰れてホントに良かったと思います。

そして、ノビさんがレストランから持ってきてくれた温かい紅茶で人心地 face02




…実はこの紅茶、ノビさんが砂糖と間違えてを入れてしまったので、なんとも微妙な味だったんですが、とにかく体が温まったので、それについてはなにも言わず、ありがたく飲み干しましたw 



生きているって素晴らしい!




  

ETAP-7 その3

RCPを出発した後、ただ淡々と走りました。もう焦って走っても日没は免れません。




この写真は一平ちゃんで、SS407km地点のCP1。一平ちゃんはこの日、自分の30分遅れぐらいのところにいました。このあと60kmのSSが残っていますが、すでにこれぐらいの暗さになってしまっていました。



CP1のあと、雨が降り出しました。さらに進行方向を見ると雷も落ちているようです。まずいことにこの日、自分は雨合羽を持っていませんでした。

ETAP-1のあと、低体温症の辛さを思い知って雨合羽はずっとジャケットに入れて持って走っていたんですけど、「ETAP-6には荷物が届かず、ひとつ飛ばしてETAP-7のビバークに荷物を運ぶ」ということになったので、雨合羽を荷物に入れて、ジャケットには着替えを入れていたんですorz




日が暮れ始めた頃、まだ雨はそれほどではありませんでした。そろそろヘルメットライトを点灯しようか、という暗さになっていたとき、前方にXR250を駆る#24 コイケさんが止まっています。




※写真はRCP直後の川渡り。自分がこうやってコイケさんの写真を撮っていることで分かるように、だいたい同じぐらいのペースで走っていたんです。


聞くと、「この先、90度右に曲がるはずなんだけど、そのピストが分からない。なので、目標物(小屋がありました)がある一つ前のポイントに戻ってきて距離を修正していた」とのこと。

自分も心細かったんで「一緒に行きましょう!」と声をかけてコイケさんの後に付いて走り出しました。



ここで、困ったことに気付きました。ヘルメットライトを点けると、ルートマップを見た時、反射がものすごく明るくて明順応してしまい、路面に視線を戻した時にまったく見えなくなってしまうのです…

しかもシッティングしているとヘルメットライトの光がカウルやメーター周りにあたってしまいます。スタンディングしてヘルメットライトの光だけを頼りに走ればいいんですが、昨日、右足ふくらはぎを肉離れしてしまったので、スタンディングすると右足に力が入らず、左に重心が寄ってしまうので上手く走れません。


すなわち、せっかく用意したヘルメットライトは基本的に使えません。




ここで前を走っていたコイケさんが止まりました。「距離的にはこのあたりのはずなんだけど、右に曲がるピストがない」とのこと。でも、実は合流した小屋のあと、もう一箇所小屋があったんです。「あとのほうの小屋がルートマップのポイントだったら、右に曲がるのはもう700mほど先です」と言って、今度は自分が先に走り出しました。

ここはどうしても見逃せないので、足が痛いのを我慢してスタンディングでヘルメットライトを点けて、ひたすら右を見ていました。すると、ピストではないんですけど、四輪が右にそれて草を踏んだワダチを発見! 「たぶん、コレ!」ってそのうっすらと残るワダチをトレースしていったら、100mほどできちんとしたピストに出ました。カップ(方角)もバッチリ合ってます icon22





しかし、自分の活躍はここまで。「すみません、ヘルメットライトだと反射がまぶしすぎてまともに走れないので、後ろから付いて行かせて下さい」ってコイケさんにお願いして後ろを走りました。

このあたりで完全に陽の光はなくなり暗闇に。そして、ここではじめて気がついたんです…

自分のWR450F Rallyのヘッドライトは暗すぎて、ほとんど路面が見えません。

日本で夜の走行テストをしたことがなかったんで、ヘッドライトが暗いことに気づいていませんでした。これは明るいライトに交換すべきだったんです。そして、昨日までなんとかデイライトゴールだったからヘッドライトに頼った走行をしなくてよかったので、このときはじめてヘッドライトの致命的な暗さに気づいたわけです。

ヘッドライトの光で見えるのはせいぜい5m先まで、しかし、ラリーマシンで高いカウルがあるので、スタンディングして上から覗きこまないとその5mの範囲すら見えない。でも、足が痛くてスタンディングは辛い…



そして、雨はますます激しくなって来ました。ゴールまで残り40km以上あります…





  

ETAP-7 その2

モンゴルでは、ラクダ、羊、馬、牛はあちこちで見ましたよ face02











この日、ETAP7は結構、迷いました…





昨日は、終日、進む方向はほぼ決まっていて、モンゴルを西から東へ大移動だったんですけど、今日は結構クネクネ… そして町を通るときは、やっぱりピストがぐちゃぐちゃで訳が分からなくなります(^_^;)








これはシンヨさんの写真ですが、この辺りの山岳地帯はみんな迷ったようで、小栗さんも珍しくロストしたとのこと。自分もアフリカツインのクロダさんや数台の日本人ライダーと一緒に右往左往…

でも、初日の鬼ショートカットのようなガレ場はなく、ただの山なのでルートを選べば登れます。なので、尾根づたいに山の頂上を繋いでいって、下にモンゴル人ライダーが走っているピストを見つけたので駆け下りて付いていき、オンルートに復帰出来ました face02





そうこうしているうちに、14時頃、RCPに近づいて来ました。「ふぅ、残り250kmぐらいあるけど、SSカットであとは100kmぐらいダートで、150kmぐらい舗装路って言ってたから、暗くなる前には舗装路に出れるだろうな。明日はウランバートルに帰る道でSSは180kmぐらいしかないから、このRCPでラリーはほとんど終わったようなもんだな!」

なーんて思って、これまでの7日間の道程を振り返っていたりしたのですが、RCPが見えてくると、そこで止まっているライダーと車が見えます…



RCP以降のSSがカットなら、さっさとライダー達は出発してビバークを目指すはず。そこで待っているということは、SS続行なのです face07



RCPで、ヘルメットライトを装着しました。





ルートマップによると残りのSSが230kmぐらい、ゴール後のリエゾンが10kmぐらい。自分のRCPの出発が15:30ぐらいなので、どう考えても、自分のペースでは20:00前後の日没までにSSを終えることは出来ません。このRCPの時点で、ラリーモンゴリア初の夜間走行を覚悟しました。

スタートが2時間も遅れているので、いつもデイライトゴールがぎりぎりのペースの自分では、全ルートを走ったら夜になるのは確実なんです。そりゃあ、主催者を恨みましたよ、「80%の確率でカットって言ってたのに~!」って ∑( ̄皿 ̄;; ンガァーーー!!!








RCP直後の問題の川渡り。水深は腰上以上で、自分はモンゴル人数人に手伝ってもらってなんとか押して渡りましたが、流れが早いし深いしで怖かった…。あのパリダカの大御所、菅原義正さんですら、この写真のようにハマっています…

菅原さんのジムニーは、川の途中でエンジンが止まって再始動できなくなったとのこと。このあと、菅原さんはライダーからタイダウンを集めてそれをつなげてロープにして引っ張りあげて、なんとか復帰。夜中にゴールしたそうです。

※ライダーはリタイヤした時にX1トラックにバイクを積載するためにタイダウンの携行を義務付けられています。自分のタイダウンも菅原さんに貸しました(`・ω・´)ゞ





こんな川渡りまでさせてSSを続行したことに、濡れたりすることがダイッキライな小栗さんもブーブー言ってました。でも、なぜ、ETAP-7でSSをカットしなかったのか? その理由はラリー終了まで説明されることはありませんでした。



その理由を知ったのは、日本に帰ってきてマシンを引き取りに愛媛県まで行って、小栗さんと一緒にSSERの本部を訪問した時です。

主催の山田さんによると「SSをカットした場合のエスケープルートにも川が出来てしまっていて、むしろそっちの川のほうが深いぐらいだった。ルートマップもないエスケープルートだから、参加者がどこで川渡りするか分からないし、それならむしろルートが決まっているSSを続行させて、同じところの川を越えさせたほうが助けられる。川にいたモンゴル人にお金を渡して『ここを通るラリー参加者を助けてやってくれ』って頼んでおいた」とのこと。

そういう理由なら、SS続行の判断も納得出来ます。翌朝のブリーフィングでちゃんと説明してくれればよかったのに… なにかと情報不足のSSERです。





とにかく、こうしてETAP-7で、自分の四半世紀のバイクライフのなかでも、もっとも怖くて辛かったと断言できる、恐怖の夜間走行に挑むことになったのです。なぜ、そこまで怖かったのかは、これから長々と書いていきます…



  

ETAP-7 その1

久しぶりにベッドで快眠できました。そして起きてから水ですけどシャワーも浴びました。レストランで食事もしました。


本当に、心底、シの恐怖を感じたETAP-7ですが、朝は平和だったんです。









ロシア製のヘリ、Mi-17V-5が飛び立っていきます。ETAP-6のツーリストキャンプを空から見るとこんな感じ。こういう空撮もSSERのDVD、『FUTURE』で見ることができます。











この日はビバークから競技のスタート地点まではリエゾンだったのですが、川が増水していて渡れるポイントが限られているというので、一部コース変更。また、ビバークのスタート時間が遅れていたし、そのコース変更でリエゾンのタイムも加算され、実質のスタート時間は2時間遅れということになりました。

そして、朝のブリーフィングでは「コース中ほどのRCP直後の川が増水しているので、様子を見てだが、今日はRCPまででSSを終了して、RCPのあとはコースを変えてリエゾンとする可能性が高い。コースをカットする確率は80%」と説明がありました。

スタートが2時間も遅れてしまうと、自分のこれまでのペースでは確実に日が落ちてしまうので、正直「助かったぁ!」って感じですw 「よーし、RCPまでのリエゾン50kmとSS227kmなら、今日はまだラクが出来るな。足も痛いし、これぐらいなら急がなくてもいいから、ゆっくり走ろう」って思ってたんです。











ここがビバークからリエゾンを50kmほど走ったあとのスタート地点。まだまだ余裕の笑顔ですねw





…スタート後、30kmほどだったかな? なんにもない直線がひたすら続き、ここはみんな良いペースで飛ばしていきました。スタートは順位順で、自分はここまで大したトラブルなく来ていたので順位的には結構いいところにいました。でも、自分はその順位に対して走るペースは遅いので(もっと速いライダーが後ろにいっぱいいるので)、スタート直後にこういうハイスピードセクションがあると、次々に抜かれていきますw


そのストレートセクションが終わり、山に入っていった直後、目の前に転がっているバイクと横たわっているライダー。慌ててライダーに駆け寄ると、意識はあり命に別状はなさそうです。どうやら、ハイスピードのまま丘ですっ飛んだらしく、かなりのダメージで立ち上がれない様子(どこかの骨を骨折していたということで、その方はリタイヤとなりました)。

倒れているバイクを起こそうとしたんですが、自分も足を怪我をしているので力が入らず起こせません… そうこうしているうちに後続のバイクが5~6台集まってきて、みんなでバイクを起こして、ライダーを介抱しました。



その前のハイスピードセクションで自分も気持ちよく走っていて良い感じだったんですが、このクラッシュを見て、一気に冷水をぶっかけられました face07

「絶対に死にたくない…」と思って、このあとさらにペースを落として慎重に走ったんですが、自分の心がけだけではどうにもならない状況ってのがあるんですよ…



  

ラリーモンゴリア動画

ラリーモンゴリアの主催者であるSSERでは、毎年、『FUTURE』という記録ビデオを制作しています。その一部が公開されたので、貼っておきますね (`・ω・´)ゞ

残念ながら自分は出てこないけどw ラリーモンゴリアの雰囲気が分かりますよ ノシ











  

ETAP-6 その3

万難を排してビバークに辿り着きました(`・ω・´)ゞ










ゴールしたら、小栗さん、シンヨさん、ノビさんのTeam オーマイガッ!のメンバーが駆け寄ってきてくれて、「今日はデイライトゴールは無理かと思ってたけど、やったじゃん!」って祝福してくれました icon22



そう、日が落ちるまでギリギリだったんですよ(^_^;) この日はゴール後に40kmほどのリエゾンがあったんですが、リエゾンになった直後にロスト… でも、いっしょに迷っていたジムニーが(↓の写真の後ろ)、どうやら道を見つけたらしく、キビキビと走りだしたんで必死に付いて行きました face03







このリエゾンには、今大会唯一となったデューン(砂丘)の走行があったんです(他のデューンはキャンセルされてしまいました…)。




ホントはデューンで止まってゆっくり撮影したかったんですけど、このあと日が暮れて真っ暗になったときを考えたら、ジムニーを追ったほうが遥かにラク… ということで、せっかくのデューンでしたけど一度も止まらずに一瞬で走り抜けてしまいました(^^ゞ




この日のビバークはツーリストキャンプという宿泊施設。ゲルが並んでいて、ちゃんとレストランやシャワー(6日ぶり)もあります!










小栗さんとシンヨさんは早く帰って来たから、シャワーも浴びてゆっくりと静養できたようです。でも、もう自分はもう暗くなってきていたし、シャワーもすでにお湯が終わって水しか出ないっていうし、なにより肉離れした足が痛くて歩くのが辛いので、そのまま夕食だけ食べてダウンしました。








羊肉のカレー(日本のカレーではなくて香辛料で煮た料理)を、レストランで(しかも皿で!)食べると文明世界に帰ってきた感じで嬉しかったですw





この日、右足が肉離れで痛くてよく動かないので、ゆーっくりとしか動けなかったんですが、小栗さんが「一応、確認するけど、これはまだ笑っていていい事態?」って聞くので、「はーい、大丈夫っすよ! まあ、1人で動けますし、バイクにも乗れるのでラリーは続けられますから( ´ ▽ ` )ノ 」って答えておきました。

そして、自分のギクシャクした動きで笑いをとってました。だってロボットみたいに「ギーガシャン」って一歩ずつ確認しながらじゃないと動けなかったもんで ┐(´ー`)┌ マイッタネ♪





翌朝、起きてもぞもぞ動いていたら自分のベッドが崩壊(天板の抑えが悪かったんです)。またしてもゲルの中は笑いに包まれ、「バトン、そのまま動くなw」ってみんなに写真を撮られましたとさ face03


  

ETAP-6 その2

3回のクラッシュを乗り越えて、まさに這々の体でRCPにたどりつきました (^_^;)







この日のRCPは街外れだったので、見物人がすんごく多かったです face08













そりゃ、モンゴルの荒野にいきなりラリーマシン達が大挙して押し寄せたら、「何事!」って見に来るよねw お祭りみたいなもんだ face02

…ただ、見物人が多いとライダーはおちおち休めません。子供の相手をしたりするのは楽しいんだけど、油断しているとモノを盗まれてしまうのです face07 実際、マエダッチさんは残念ながらゴーグルを盗られてしまったとのこと。








このRCPでクラッシュ以来はじめてヘルメットを脱いだんですけど、もうガリガリ…orz 前回のBAJAでも転倒時にヘルメットに傷が入ってしまったんで、ヘルメットは破棄でしたけど、今回も新品を買っていったのに、これで終わりです。まあ、3万円で自分の頭をしっかり守ってくれたんだから、それでヨシですけどね (^^ゞ

ちなみに、前歯が欠けたのは、ヘルメットの中に何かが入ってぶつかったわけではなくて(唇とか無傷ですし)、クラッシュでびっくりしてふんばったときに、自分で噛み締めて歯を割ってしまったんです。そういうことってたまにあるので、モトクロスライダーはマウスピースを噛んでたりするんですけど、ラリーでマウスピースしてたら走りながら水が飲めないしねw








見物人と言えば、荒野の中でいきなり子供が現れたりします。「いったいどこから来たの!?」って驚きますよ、ホントにw この写真では奥のほうに白い点がひとつ見えるんで、たぶんあそこがゲルで、そこから歩いて遊びにきたんじゃないでしょうか face01








また、荒野のなかにポツンと井戸があったりします。こういうところはたいていルートマップのポイントになっているので、人工物を見つけると凄く嬉しいんですよ。








地平線ってだいたい30km先まで見えるそうです。日本にいると地平線って凄く憧れなんですけど、すぐに地平線は見飽きて、なにか変化が欲しくなるものです face03



さあ、ゴールまでもう少し、なんにも見えないけどもう少し…



  

ETAP-6 その1

砂漠のオアシスでの休息日も終わり、再びラリーのセカイに戻っていきます。ETAP-6がスタート!






ETAP-6はSSが482km、ゴール後のリエゾンが40.84kmの522.88km。だいたい毎日、このぐらいの長さのルート設定になっています。



この日はルートマップを見ても特に難所になりそうなところもなく、ラリーも折り返しを過ぎて、ここまで無事に走ってきた自分は油断していたと言えば油断していたんだと思います。

スタートしてすぐ、沼地があるというのでルート変更になった箇所がありました。そこはピストもなくGPSポイントが2点だけ示されて完全にCAP走行。途中で、#11 一平ちゃんと一緒になりましたけど、若干、一平ちゃんのほうがペースが速かったので無理に付いて行こうとはせず1人になりました。あとはGPSポイントを目指すだけなので、「ルートを見渡そう」と思って小高い丘に登って一旦止まって確認し、「よし、地平線に砂煙も見えるし、あっちね!」って丘を降りたら、その途端…


バトン☆クラッシュ!ラリーモンゴリア vol.1





一瞬、なにが起きたかわかりませんでした。実は路面の砂が深くなっていて、降りた途端にフロントタイヤが刺さり前転、WR450F Rallyに巴投げされた形です face07

口のなかがジャリっとしました。舌で確認すると前歯が欠けています。その他は幸いにして体のダメージはなさそうでした。マシンを見渡しても、砂地ですから大した傷もありません。

ちょうど競技車、TOYOTA FJクルーザーが通りかかったんですけど、こういうときって「恥ずかしい icon10」って感情が先に経つので、「あ、大丈夫っす!」ってな感じで手を降って通りすぎてもらいました。

でも、起こすのも結構大変。谷側に向かってマシンが倒れていたので、倒れたままよっこらせっと180度回転させて丘側にハンドルを持ってきて起こしました(スキーを思い起こすと分かりますよね)





まあ、無事は無事だったんですけど、ボテゴケは何回かしてましたけどこれがラリーモンゴリア初のクラッシュになるわけで、動揺していました。しばらく走ってピストになりサンドのコーナーでふらついて、斜めで止まりそうになってしまったんです。「もう、2度と転ぶかぁ!」って右足を出して踏ん張ったんですが、「ブチッ!」って音が聞こえました…

バトン☆クラッシュ!ラリーモンゴリア vol.2

右足ふくらはぎの筋肉が切れました。そしてその激痛に耐えきれず倒れました。こんな痛い思いするなら、踏ん張らずにさっさと転べば良かった…ってオチです。足が痛くて上手くマシンを起こせないでアタフタしていたら、後ろからきたATVの#3 ナカノさんが助けてくれました <(_ _*)> アリガトォ





右足は痛いけど、リヤブレーキ側だからあまり使わないし、基本は座って走れるラリーですから、ちょっと朦朧としてましたけどまだ大丈夫。「もういい、ペースを落として、これ以上、転ばなければそれでいい」って思って、だらだらと走っていました。でも、気を抜きすぎるのも良くなかったんです。

なんでもない単調なストレート。ペースを落としてルートマップに目を落としました。そしてなんとなくワダチを乗り越えて右から左に移ろうとしたとき、リヤの荷重が抜けた瞬間にアクセルを開けてしまい、ステーンと転びました。

バトン☆クラッシュ!ラリーモンゴリア vol.3





ここで左足をマシンに挟まれ、5分ぐらい抜け出せなくてジタバタしてました。ようやく足を引っこ抜いて、こうして倒れているマシンを写真に撮っていたら、1台のジムニーが「だ、大丈夫!?」って止まって声をかけてくれました。

コーナーやギャップでコケているのと違って、ストレートゴケですから相当なスピードでぶっ飛んでいてもおかしくありません。ダメージもデカイはずですから、そりゃこんなところでコケていたら誰だって心配します。

まあ、それほどスピードは出ていなかったんで、実はこのvol.3ではマシンも体もダメージがなかったんです。




でも、マシンや体はともかく、この3連続クラッシュで自分のテンションはダダ下がりです。「もう日本に帰りたい… 怖い… 二度とラリーなんか来ない…」って思いながら、また走り出しました。



自分は小栗さんの教えをひとつ忘れていました。「1回クラッシュしたら100km走る体力を消耗する。そしてコケると動揺するから、自分を落ち着かせるために、俺はクラッシュしたらタバコを1本ゆっくり吸うよ」って小栗さんはいつも言ってるんです。

クラッシュした焦りが、第二、第三のクラッシュを連鎖させてしまったんです。最初、前転した時に、もっとゆっくり休んで、ラリーに挑む気持ちを回復させるべきでした。



それでもラリーは続きます。

  

ETAP-5 その2

スタッフのクルマはいろいろあります。このロシア製のWAZ(ワズ)ってクルマ、可愛いでしょ face05




シンヨさんと小栗さんはこのワズが大好きで、小栗さんが日本で買えないか調べてみたそうですけど、いまはもうガス検が通らないから新規登録できないそうです。残念ですけど、そりゃそうか(^_^;)








ゾーモッドでは水タンク車もやってくるので、水が自由に使えます icon22






でも「自由に」って言っても水の量は限られているので貴重品。洗濯するときはこうやってビニール袋に入れて揉み揉みすれば水を節約できるって教わりました (・∀・)イイ!!

















みんなが楽しみにしているのはなんといってもメシ! この日はうどんにわかめごはん、春雨サラダ、さば味噌煮、お新香! そして冷えてはないけど、ビールを飲みながらダラダラ! ココロも含めてリフレッシュ出来ました face02





…自分にとってはそんな休息日でしたが、大変な方もいます。Team 一平ちゃんの#12 アオヤマさんはマシン不調でETAP-4でリタイヤしています。




リタイヤしたバイクは、レースの最後尾を走るカミオンバレイという回収トラックが次のビバークまで運んでくれます。でも、運んでくれるのは次のビバークまでなんです。そのビバークの後は自力で帰らなければなりません。それがラリーのルールです。主催者も次々とリタイヤするマシンをすべて運ぶほどの余裕はないですから、リタイヤした後の段取りは参加者がすることになるんです(もちろん、ケガをしていたらライダーは病院までヘリで輸送してもらえますけど、マシンに関しては基本的にライダーの責任です)。

シンヨさんも昔、パリダカでマシンをカミオンに踏み潰されてリタイヤしたとき、自分で地元民と交渉してトラックを手配し、港まで運んでもらったそうです。ラリーマシンはカルネを使って輸送していて、カルネというのは「この国で売ることはなくて持って帰るから関税はなしね」っていう書類なので、壊れてもなんでも捨てるわけにもいかず、意地でも持って帰らなければならないんですよ…



ですが、アオヤマさんのマシンは30km/hしか出ず、ウランバートルまで帰るのは至難の業。そしてモンゴルはほぼ英語も通じませんから、トラックを交渉するのも相当な苦労になるでしょう…

そこでアオヤマさんは泣き落としに出ることにしました Σ(´д`;)




一生懸命、スタッフを手伝って、なんとかお情けでマシンを持って行ってもらい、スタッフとして連れて行ってもらおうっていう作戦です。青山さんはその交渉のために休息日のこの日もあちらこちらでスタッフの仕事を手伝ったりしていました… 結果、幸いにして、アオヤマさんのマシンは主催者が運んでくれることになり、アオヤマさんもスタッフカーに同乗させてもらえることになりました。


「悲しいけどこれラリーなのよね」


ラリーは走っているよりリタイヤしたほうが大変…って話はよく聞きます。自己責任のラリーですから、最後は自分でなんとかしなくちゃならないんです face07 そんな大変そうなアオヤマさんを横目で見ながら、よりいっそう「意地でも無事に帰る!」って決意を新たにしました(`・ω・´)ゞ



  

ETAP-5 その1

ETAP-5は砂漠のオアシス、ゾーモッドで休息日となり丸一日お休みでーす icon22








走るのに必死なレース中と違い、休息日はライダーはダラダラしているだけなので、写真もいっぱい撮ってますw 今日はメカニックが主役の日なのです(`・ω・´)ゞ








Team 一平ちゃんのゲル。オグショースタッフや関係者による寄せ書きが記されたOGUshowバナーが掲げられています face02








ここぞとばかりにタイヤ交換。結局、今回のラリーはキャンセルも多くて走行距離が減ったというのもあって、Team オーマイガッ!のマシン3台はこのゾーモッドで1回タイヤ交換をしただけでした。

そして、うちらは3台ともムース… シンヨさんは前後スペアホイールを持ち込んで、すでに新品タイヤをつけていたのでホイール交換だけで簡単でしたけど、小栗さんの690Rallyと自分のWR450F Rallyはノビさんが必死で交換してくれました。









小栗さんのタイヤ、ミシュラン デザートはノビさんが一人で交換出来たんですけど、自分のはタイヤがピレリ MT21、ムースがミシュランという組み合わせで大変なことに… face07

どうやら、この組み合わせは相性最悪らしく、ノビさん一人では如何ともしがたく、メカニック仲間の方たちがみなさんで手伝ってくれました ('-'*)アリガト♪

次にラリーに出場するときは、ちゃんと半年ぐらい前からミシュラン デザートを発注しておきます(^_^;)








あちこちでみんな整備しています。このBMWはテールランプを割ってしまい、ここでレンズを自作して作ったとか face08








ハラさん達はメカニックを雇っていないので、ライダー自ら整備。BMWを横倒しにしてタイヤ交換中。まさに「ワイルドだろう~?」w








セローのアリサさんは残念ながらリタイヤ。開けてみたら、クラッチプレートが粉砕されていました…











四輪の整備は豪快ですね! 溶接機も持ち込んで壊れた箇所を修復しています。



こうして、メカニックはてんやわんや、ライダーはゆっくり体を休めるのが休息日。一応、自分もいつでも手伝えるようにノビさんの傍にいたんですけど、「手を貸して」って頼まれなければなにもしませんでした。

やっぱりここはプロの仕事、シロートが手を出すとかえって邪魔になったりするので、忙しそうで申し訳ないですけど、すべてをノビさんにお任せで、ビールを飲みながら整備の様子を眺めていました face03


  

君のことピッカピカにしてあげる ♪

さて、はるばる四国から1200kmを運んできたWR450F Rally君を、バラバラにして徹底洗車しました(`・ω・´)ゞ








After…

なんということでしょう!











素晴らしくない? そりゃ何回かコケたから擦り傷はあるけど、直さなければならないような損傷はなくて、タイヤやオイルなどの消耗品を変えれば、このまんま次のレースに走り出せる状態ですよ <( ̄^ ̄)>エヘン



ホントはね、WR450F Rallyが日本に帰ってきたら、こうやって洗車してすぐに売っぱらってしまおうと思ってたんです face03 次にいつラリーに出場するか分からないし、置いておいて朽ち果てさせてしまっても可哀想なので(^_^;)


でも、いざ手元に帰ってくると、モンゴルで8日間一緒に走って自分をゴールに導いてくれた大切な相棒だから愛着があるし、こんなに状態が良いなら、もう一回ぐらいこいつで走らないともったいない ( ̄ρ ̄)ジュル って気持ちになってきましたw



…来年、ラリーモンゴリアがどうなるか、11月30日にSSERの発表会が東京であるっていうので、とりあえず、そこに言って話を聞いて、それからWR450F Rally君をどうするか決めます(`・ω・´)ゞ


  

シャチョーの交渉力

本日、ラリーモンゴリアのマシンを引き取りに、小栗さんと二人で愛媛県松山市に行ってました(`・ω・´)ゞ








2ヶ月ぶり会った我が愛車は意外とキレイ face05  東京に帰ったらピカピカに磨いてあげる所存です( ´ ▽ ` )ノ

 

松山市の倉庫でマシンを引き取ってから 、隣の東温市にあるSSERの事務所におじゃましました。




でね、小栗さんが今回のラリーモンゴリアの問題点や改善策について、SSER主催の山田さんに熱弁をふるい、自分はそれを横でひたすら拝聴していたんですけど…


俺は今日、本物の論破を見た!



小栗さんは誰にもどこにもカドを立てることなく、きちんと自分の言いたいことを主張し、そしてその小栗さんの意見を山田さんは我が意を得たりとばかりに喜んで聞き入れたんです ! 来年からのラリーモンゴリアの変革が楽しみでなりません face05





そして、自分は、オグショーを日本一のトランポ屋に育て上げたシャチョーの交渉力、それを間近で見ることが出来て、いろいろな勉強になりました。小栗さんの交渉術を間近で見れただけで、四国まで行った甲斐があったってもんです ( ̄ー ̄)vニヤリッ




  

ETAP-4 アザーサイド

自分のペースはデイライトゴールがギリギリ出来るか否かというレベルなんですけど、小栗さんとシンヨさんは、日本人トップグループなので、いつも明るいうちにビバークに到着しています face02








この日のビバークは、砂漠のなかのオアシス、ゾーモッドで、冷水が湧き出ているのでみんなで4日ぶりに体を洗っていたそうです (・∀・)イイ!!

こうして、速いライダーは早く帰れるからゆっくり体を休めてマシンをきちんと整備して翌日のレースに望むことが出来ます。

一方、ペースが遅いライダーは遅くなって日が暮れると、さらにペースは落ち、そして迷いやすくなり、路面は見えず神経を使うので疲れ果て、そしてビバークで休む時間もマシンを整備する時間も十分に取れなくなり、翌日はさらに辛くなるという悪循環で、日を重ねるごとに条件が厳しくなっていきます…


そう、ラリーは格差社会なのですよ face03






そして、Team 一平ちゃんには小栗さんとシンヨさんの他に、もう一人、上流階級の方がいらっしゃいますw 小栗さんに継ぐ日本人2位となった、BMW HP2エンデューロを駆る#10 ハラさんです (`・ω・´)ゞ





この日、自分がゴールした時、ハラさんは「お疲れ様です! おめでとうございます! 今日、自分はちょっと違うところにいますけど、Team 一平ちゃんのゲルはあっちですよ!」って話しかけられました。

「え? 違うところにいる?」って、あとで分かったんですが、ハラさんはチームメイトの#12 アオヤマさんがまだ帰ってこないので、ゴールのところでテントを張って、夜中ずっと帰りを待っていたそうです face08





ハラさんはBMW専門店「M.S.C HARA」の二代目でセンム、アオヤマさんはお客さんだそうです。アオヤマさんはETAP-2の転倒でマシンが不調となり、結局、ETAP-4の途中で30kmぐらいしかスピードが出なくなりリタイヤ。カミオンバレイ(リタイヤしたマシンを回収する最後に走ってくるトラック)に回収されて、夜中にビバークに到着しました。


しかし、いくらお客さんで仲間だからといって、自分の寝る時間を削ってゴールで待つなんて… ハラさん、どんだけ良い人なんですか!

ホント頭が下がりました <(_ _)>




  

ETAP-4 その4

SS初日だったETAP-2のRCP(1時間強制ストップで休むレストコントロールポイント)以来、小栗さんとシンヨさんにはレース中、会わなかったって書きましたけど、レース中盤になるとだいたいみんなのペースが決まってくるので、レース中、よく会う人=RCPで一緒になる人が固まってきます face02








アフリカツインを駆る#21 クロダさんとはよく会いましたface02






この日、ゴール間近のGPSポイント13が分からなくなって止まっていたら、クロダさんに声をかけられて、「どうもGPS13から外れてしまったみたいだから、CPもないみたいだし、このままGPSポイント14まで行っちゃったほうがいいんじゃない」って教えてもらいました。そうですね、もうオンルートから外れてしまったし、走っていたピストが方角的に14に向かっていたし、無理に13に行かなくてもパスしちゃっても良かったんです face03

こういう機転も、ラリーに慣れていない自分にはなかなか分からないので、教えてもらって助かりました <(_ _*)> アリガトォ



しかし、こんな巨大なアフリカツインで、WR450Fの自分と同じぐらいのペースで走っているんだから凄いです face08 メカのノビさんがアフリカツインに乗っていたんですけど、「あれはデカイ割にホイールベースが短いから、挙動がクイック過ぎて怖い。俺ならアフリカツインでラリーに出たくない…」って言ってました(^^ゞ

ちなみに、ノビさんは自分よりよっぽど速いです。ライダーより速いメカニックなのです (`・ω・´)ゞ  しかもノビさんはゲロアタック好きで、コンディションが悪いところほど自分より上手いノビさんが嫌がるぐらいですから、アフリカツインはどれだけ大変なのかと…





しばらくするとクロダさんともはぐれてしまったんですけど、今度は、BMW G650Xを駆る#20 ミギタさんが転倒していました…





本人は立っていたんですが、マシンが倒れたまま。聞けば「アバラをやってしまったらしく力が入らなくて起こせない」とのことなので、マシンを起こしてあげました。

しかし、これが重い! ゴール間際だからガソリンも減ってるはずなのに、五体満足な自分でも起こすのに一苦労でした… face07

「BMWは650でこれなら、さらに重いBMWの1200はどんだけ~」って思いましたけど、あとで聞いたら、水平対向エンジンの1200は、完全に横に倒れないから意外と起こすのはラクで、ビッグタンクを付けた650のほうが大変とのこと。





「自分は軽くて乗りやすいマシンで本当に良かったぁ!」って思いながら、この日もギリギリ、デイライトゴール。かろうじて太陽の光で路面が見えるぐらいの時間にビバークに辿り着くことが出来ました icon22




  

ETAP-4 その3

前の記事でシンヨさんが隠れCPをミスコースでスルーして30分のペナルティを受けた、って書きましたけど、ETAP-4では自分もペナルティを受けています。

隠れCPのあと、CP1に着いたら、シートのポケットに入っているはずのチェックカードがなかったんですorz





ラリーでは毎朝、出発時にその日のチェックカードをもらって、各チェックポイントで通過時間を記入してもらい、ゴールでそのチェックカードを渡すんです。

その大切な走った証、チェックカードを紛失してしまいました。タイムはそれぞれのCPにも残ってますから、チェックカードがなくても分かるのですが、この紛失で30分のペナルティでした。

隠れCPで止まったとき、モンゴル人スタッフさんが、シートのポケットからチェックカードを出してくれて記入して入れてくれたのですが、入れてくれたときにちゃんとフタが閉まってなかったんでしょうね。

でも、これはモンゴル人スタッフさんはなにも悪くなくて、ちゃんと確認しなかった自分の責任。このあとはCPでチェックカードを締まった後、念入りに確認する習慣を付けました ( ̄^ ̄)ゞ





この日、ルートマップのポイントを確認することを至上命題にしていた自分は、残り100kmほどのところまで分からなかったボイントは3つだけ、「よーし! ペナルティはくらったけど、いい感じで走れてるぞ! 無転倒だしね v(^_^v)♪ 」って上機嫌で走っていたんですけど、レース終盤、ドライレイクが出はじめたあたりでロスト。GPSポイントを目指すCAP走行に切り替えざるを得なくなります…



  

ETAP-4 その2

毎朝、ライダーが出発準備をしていると、ノビさんがマシンを暖気して最終確認してくれています ('-'*)アリガト♪




こうしてライダーがマシンにまたがるときはセル一発でエンジンがかかる状態にしてくれていて、自分たちは安心してレースに出発できるのです(`・ω・´)ゞ



ビバークの位置が当初の予定とはずれていたので、スタートしてしばらくはルートが変更になっていました。そして、しばらくするとETAP-2でゴール後にビバークを目指したリエゾンのピストとは違うピストがオンコースになります。

スタートしてまだ30分も経ってないところで、XRのライダーが止まっていました。うずくまっていたのでどうやら転倒したようです(手前に溝があったので、ひっかかってぶっ飛んだのかも…)。でも、バイクは起こしてあったし、意識はあるようだったので、申し訳ないですけど通過させていただきました(あとで聞きましたが、ケガでリタイヤになったそうです)。

この頃から、日本人、モンゴル人に関わらず転倒しているライダーに会うことが多くなりました。でも、レース中なので様子をみて「大丈夫」って感じだったら通過させてもらいます m(_ _)mスマン



そして、さらにしばらく走ると隠れCP(チェックポイント)がありました。コースをショートカットされたりしないために、ときどきこうしてルートマップに載っていないCPを設けたりするんです。シンヨさんはショートカットしたわけではなくて、ミスコースで隠れCPをスルーしてしまい、30分のペナルティがついてしまいました。

今日の自分の目標は、「ルートマップのすべてのポイントを見つけること」です。昨日、ETAP-2でのミスコースのことを小栗さんに話していたら「俺は、マップのポイントを全部チェックするよ」って言ってたんですけど、自分は結構、見逃しが多かったんですよ…

そこで、ここまできて、いまさらながら、ラリーの練習ということで今日はポイントをすべて見つけることに徹することにしたんです(`・ω・´)ゞ



なので、わりとゆっくり走っています。ポイントが分からなくなったら止まって確認していたので、記念撮影もしたりしてました face03








こうやって地道に走っていたのが功を奏して、みんなが間違えていたポイントを見つけました。ルートマップ180kmぐらいだったかな、「IMP」(インポータント)って書いてあるところがあって、ルートマップでは「T」のT字路を直角に右に曲がります。ところが実際の道は「ト」のT字路だったんです。

一回、前に走っていたクルマに付いていってT字路を右にまがってしまったんですけど、「どうにもCAPがおかしい…」ってことに気づいて戻ったら発見しましたicon22

自分が逆走して探していたら、クルマ2台とバイク3台がまとまって間違いのT字路のほうに行ってしまったので、「してやったり!」って嬉しかったですw



  

ETAP-4 その1

ラリーモンゴリア4日目の朝を迎えました。全行程8日間ですので、今日を走り切れば折り返しとなります。





Team 一平ちゃんのハラさんとシノハラさんが食べているのは晩飯じゃないです、朝飯です。今日は長距離なので荷物を積むトラックの出発が朝6:00ということで、その前に朝食で(食器も持っていかれてしまうので)、朝5:30です(^_^;)








レーススタートは8:00なんですけど、着替えもなにもすべて運ぶので、朝の5:00起きでさっさとウエアに着替えて出発を待たなければならないんです。





と、ここで荷物の積み込みを見ていたら、おかしなことに気づきました…





「あれ? ヘリで運ぶはずの10kgバッグもトラックに積んでるんじゃね?」 トラックで運ぶ20kgバッグはビバークに時間通り到着しない可能性が高いから、必要な物はヘリで運ぶ10kgに入れる、ってはずでした。ところが、そのどうしても必要な10kgバッグもトラックに積んでいます…








「?」と思って調べたら、今大会は荷物を運ぶヘリが用意できていないとのこと。ウワサを調べたら、どうやら日本とモンゴル以外から、中国・韓国からのエントリーがあったんだけど、それがキャンセルになって予算が足りなくなったらしい…



荷物が届かないときは、10kgも20kgも全部届かなかった理由が4日目にしてようやく分かりました。「これまでは天気が悪くてヘリが飛ばなかったのかな?」って思っていたんですけど、ヘリそのものが無かったとはorz(1台ヘリがいますけど、それはスタッフの移動用。Team オーマイガッ!ではヘリメカのシートを買っています)

「抜き打ちで重量をチェックすることもある」って聞いていたので、10kgバッグ、20kgバッグへ、それぞれへの荷物の割り振りは気を使っていたのですが、その意味もなくなりました (´。`)はぁ・・・。



これも主催者からの公式発表はなにもありませんでした。












もはや荷物は半分諦めモード。とにかく、走ることだけに集中します(`・ω・´)ゞ







昨日、10月1日からエジプトで『ファラオラリー』が開幕しました! ファラオラリーでは車両にGPSが付いています。このGPSはラリーモンゴリアで使っている、いわゆるナビのためのGPSではなくて、主催者側が車両の位置を確認して安全を確保するためのGPS(イリトラック)。

そのGPSを使って、リアルタイムで参加者の位置情報が公開されています w( ▼o▼ )w オオォォ!!





日本人も何人か参加していて、マウスオーバーするとこうやって顔写真が出ます。みんなガンバレ~! face06



このGPSシステム(イリトラック)は、いまの国際格式ラリーでは標準的で、BAJA1000のときも追跡用のGPSがマシンに付いていました。BAJA1000のときは公道(アスファルト)での速度制限があるので、GPSの履歴から公道でスピードオーバーしていたらペナルティを加算するというためでもあったんです。


ちなみに、ダカール・ラリーで競技中、がまんできずにウ●コするために止まっていたら、主催者から「止まっているけど大丈夫か?」って電話がかかってきたこともあるんだってw



  

ETAP-3 その2

思わぬ休日となったETAP-3。まだ2日しか走ってないし、Team オーマイガッ!では幸いにしてマシントラブル等もないので、洗車を終えると特にすることもなく、ダラダラしていました face03






さて、明日のETAP-4の準備でもしようかと、マップを見ていると嫌なことに気づきました… (コマ図のルートマップのほかに、その日のルートのイメージをつかむために、1万分の1の地図に大まかなルートを記入したものをもらってます)


「明日、ビバークを出て最初は、ほぼETAP-2の逆順で進みますよ…( ̄_ ̄|||)」


みんなが「うそ~!?」って信じたがらないので、GPSポイントも比較しましたが確かに逆順。そう、例の湿地帯をもう一度通るルートです。


「嫌だぁー!」って小栗さん絶叫 (^_^;) 自分やシンヨさんは湿地帯を通ってませんが、小栗さんや他の人の話を聞くだけで、絶対に走りたくありません…

ここで思いつきました。Team 一平ちゃんの自分とシンヨさんとハラさんは、ミスコースしたことで幸いにして湿地帯を回避しています。「昨日ミスコースして走ったGPSの走行履歴を繋げばエスケープルートが作れるんじゃね?」って ( ̄ー ̄)vニヤリッ



このアイデアに、Team 一平ちゃんのメンバー 一同は目を爛々と輝かせて食いつきましたw 自分のミスコースは延々とオフピストでペースを上げられないから除外で、すべてピストを繋いで走ったハラさんと、わりとピストが多かったというシンヨさんのGPSの走行履歴からルートを作って比較することに。

数十個のGPSポイントを打ってルートを作った結果、シンヨさんのほうが距離的に近くて速そうなので採用。Team 一平ちゃんのメンバーにGARMIN 62Sの通信機能を使って、ルートを共有しました。

この通信機能は最新版の62Sでないと付いてないのですが、Team 一平ちゃんは、みんなラリーモンゴリア初参戦だったこともあって、全員が62Sを持っていたんですよ (* ̄ー ̄)v



こうして、ルートを作ること小一時間。「俺らってスゲーんじゃね?」、「このルートはTeam 一平ちゃんだけの秘密ね!」、「明日はかなりいいぜ!」なんて盛り上がり、Team 一平ちゃんのテンションと結束力は多いに高まりました。「いやぁ、助け合う仲間っていいなぁ」って嬉しくなりました face02






…が、のちほど、あっさりとコース変更で湿地帯はカット (^_^;)








まあ、冷静に考えれば、そうなるのは分かりますけど、盛り上がっていたゲルのなかでは、みんな、コース変更の可能性を頭の片隅に追いやっていましたw

結局、Team 一平ちゃん特製エスケープルートは無駄になりましたけど、GPSの使い方をいろいろと覚えられたのでよしとしましょう (^^ゞ











さあ、明日のETAP-4は、SS(競技区間)が今回のラリーで最長の557km! このビバークを出発してからゴールのビバークまで、ずーっとレースです(`・ω・´)ゞ


  

ETAP-3 その1

朝が来ました! 日本でもそうですが、自分は常に早寝早起きです。一人朝から散歩していましたw












昨日、到着したときはもう暗くなってきていたのでよくわかりませんでしたが、このビバークは湖のほとりにあります。







シンヨさんも自分もダウンジャケットを着ていることで分かるように、このビバークまでは朝晩は寒かったです。昼間はTシャツ1枚でいいんですけどね。
(ちなみに次のビバークは砂漠のどまんなかになるので、昼間は気温40℃ぐらいまで上がります(^^ゞ)



案の定というか、ETAP-3はキャンセルになりました。もともとETAP-3はループコース(同じビバークに戻ってくる)だったので、キャンセルしても影響はないんです。また、ETAP-2は、例の湿地帯などであまりに遅着が多かったので、タイムが12時間までの救済措置がとられました。朝8:00に出たら、20:00までのタイムしかカウントしない。それ以降に到着してもタイムは加算されないということです。でも、全員が帰ってこれなかったわけでもないので、ラリーなら普通はこういう措置はないと思いますけどね。競技なんですから遅れるのは自分の責任で、ハマるとどんどんタイムは加算され、そして次の日のスタートに間に合わなかったらリタイヤ、ってなって当然だとは思います。





まあ、なにはともあれ、一日空いたので、ETAP-3はのんびり体とバイクを休ませることになりました。せっかく湖があるので洗車でしょう、ここは face02










底は粘土質なんで、洗っていると水が濁ってきてしまうんですけど、そんなことは気にしませんw マシンを整備するにも泥が付いていないに越したことはないんで、見た目の問題だけじゃなくて、きちんと無事に帰ってくるためにもマシンはキレイにしておかなければならないんです。














昼食は丸々一頭の羊が解体されて肉・肉・肉! ライダーはとにかく体力を付けなければならないので、一生懸命、食べます(`・ω・´)ゞ 日頃、少食の小栗さんや、かなり好き嫌いのあるシンヨさんも、めいっぱい食べますw

バイクのガソリンだけでなく、ライダーのガソリンも必要なわけで、走っている最中も止まるたびになにか口にしていました。「腹が減っては戦が出来ぬ」 エネルギーが尽きると体が動かなくなるだけでなくて、血糖値が下がるとテンションもダウンしてしまうんで、積極的に走り続けるためにはとにかく食べなければだめだと思います。

念入りに食べていたので、自分はこれだけハードに走りながら、ラリーモンゴリア終了後に体重は減りませんでしたw








ビバークには地元民が行商に来ます。なるべく地元にお金を落とすという観点からも、自分も本部ではなくて地元民からビールやジュースを買うようにしていました ( ´ ▽ ` )ノ


…でも、この日はやられました。思い切りボラれました。コーラを「いくら?」って聞いたら、電卓で「2500」って出されて素直に払ってゲルに戻ったら、シンヨさんは1500トゥグルグで買ったとのことorz

ちなみにその話を聞いて次にシノハラさんが買いに行ったときは、最初から1500トゥグルグだけ出したら、おばちゃんが「チッ」って悔しそうな顔をしてたそうですw



  

ETAP-2 その6

こうして、みんなが四苦八苦している湿地帯を、自分はその存在すら知らずに、無事、ETAP-2をゴール!







ETAP-2は本来のビバークの位置が冠水していて使えなかったので、別の位置にビバークを変更しています。そこで、ゴールの位置を変えてSSを短縮し、ゴール後は2点だけGPSポイントを教えてもらってCAP走行でのリエゾンです。

リエゾンのタイムは1時間で、もうすぐ日が落ちそうだし、本当はさっさと行かなきゃならないんですけど、なにはなくとも、アキバ店と自宅に電話w




電話をしていたら、KTMの#13タカネさんと、BMWの#11シノハラさんもゴールしてきて、3人でコンボイ走行をすることに。ビバーク到着直前はかなり暗くなってしまって、「やっぱり、のんびり電話しているヒマはなかった…」って焦りましたが、なんとか、まだライト無しで路面が見えるぐらいのデイライトゴールを果たせました(`・ω・´)ゞ








みんな疲れた顔をしてますね(^_^;) 小栗さん(左)とマエダッチさん(真ん中)は湿地帯を正面切って突破! シノハラさん(右)は、自分やシンヨさんがミスコースした平原側(湿地帯に向かって左側)ではなく、山側(右側)に、ミスコースではなく湿地帯を避けるために自分の意思でエスケープしたんですが、突然現れたクラックを越えきれずに(穴が開いていて止まれなかったら、もう覚悟を決めてアクセル開けて突っ込んで飛ぶしかないんです…)フロントタイヤがひっかかり、BMWで前転したそうです ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ














なにはともあれ嬉しいことに、今日のビバークでは、帰ったら、ちゃんと晩御飯が出来てました、しかもカレー! 食器はなくて(荷物は届いていなくて)ペットボトル食器ですけど、そんなでもカレーはやっぱりテンション上がります face05




さて、2日目はちゃんとスタッフもいたのでゲルの割り振りが決まっていました(ボードがありました)。うちらのゲルはTeam オーマイガッ!と、BMW専門店「M.S.C. HARA」の、#10 ハラさん(HP2 Enduro)、#11 シノハラさん(HPN SPORT)、#12 アオヤマさん(R80GS)のBMW三人衆。なんとこのゲルのメンツ、全員がラリーモンゴリア初参戦です face03


昨日のビバークで、寒さとひもじさのなか、みんなで「何を食べたいか?」の話をしていたんですね。自分は低体温症で朦朧としていて内容をよく覚えてないんですが、そのときシノハラさんが「一平ちゃんを食べたい!」って言ったのがバカうけしたらしく、シノハラさんはこのラリー期間中、一平ちゃんと呼ばれることになり、そして、Team オーマイガッ!+M.S.C. HARAのメンバーは、自称「Team 一平ちゃん」となりました。以後、お見知りおきをw








ノビさんが三人のマシンを整備してくれながら夜は更けていきます。実はこのとき、まだ相当な数のライダー・クルマが帰ってこれてなくて(同じゲルの#12 アオヤマさんも帰ってきてません)、果たして、明日、レースが開催されるのかすら怪しい状態でした…



まあ、考えても仕方ないので、ライダーはとにかくさっさと寝て、翌日を走り切るための体力を作ります。


  

ETAP-2 その5

RCPで1時間休憩後、小栗さんとシンヨさんはとっくに出ているので、また一人となって出発。「今度こそ、オンコース!」って思ってルートマップとにらめっこしていたんですけど、またもやロスト(自分の位置を見失うこと)…


同じくロストしているらしい、モンゴルドライバー運転のオレンジ色のピックアップとともに右往左往。同じ競技に出ているピックアップトラックと自分のバイクが正面からすれ違うこともあるぐらい、2台で迷走していたんです face07


ルートマップには「砂漠の小さなGS?」って書いてあったので、なにか人工物があるに違いないと思って、とりあえず、地平線の彼方に見える白い突起を目指して走りました。本当に草原で遥か彼方まで見渡せるので、突起を見つけてからもかなり走らないと近づかなかったです。…で、近づいてみたらゲルだったんですけど、どうみてもルートマップとは一致しない。



またも諦めて、次のGPSポイントを目指すCAP走行に切り替えましたorz


この走行もピストはなく、キャメルグラスやクラックを避けながら、3速から4速でたらたらと走っていきます。「さっき、オンコースを逃すまいと決意したのに、俺はなんてナビゲーションが悪いんだ…」って落ち込んでいたんですけど、実はこのミスコースが天佑だったんです face08



RCPを出発するとき、モンゴル人のスタッフさんに「この先、大きな水たまりがあるから、避けられたら避けたほうがいいよ」って言われていたんです。


その水たまりがコレ↓





“水たまり”って言ったから、「ピスト上に大きめの水があるのかな?」って思ってたんですけど、実は延々と続く、沼のような湿地帯でした w(*゚o゚*)w

(これは別にモンゴル人スタッフさんは悪くないですよ。きっと「湿地帯」とか「沼地」っていう日本語の単語を知らなかっただけだし、自己責任の競技中なのですから、こうして警告してくれただけでもありがたい話です ('-'*)アリガト♪ )


あとで小栗さんに聞いたら、「怖かったぁ! アクセルを開けても戻しても埋まるから、ずーっとハーフスロットルで何kmも我慢して走ったんだぜ。引き返してルートを変えようにも、戻りたくてももう戻れない。どこまで沼地が続くのかも分からないし、涙出そうだったよ…」って言っていました。あの小栗さんが泣きを入れるぐらいです face07



上の写真はAPIOさんのブログから。APIOのカイチョーさんのジムニーが沼地でどっぷりハマってます。そこを通過したライダーからは、「沼地で助けるクルマも近づけないから牽引も出来ないし、あのジムニーは脱出不可能だろうな…」って聞きました。そのぐらいひどい沼地だったんです。

※APIOカイチョーさんは翌日、自力で帰って来ました。カイチョーさんは御年60歳を超えていると思うんですけど、泥を掘って硬い地面を出して前に進む、という作業を数百メートル、夜中ずーっと続けて脱出したそうです。そうやってあきらめずに帰ってくる精神力恐るべし!



そんな湿地帯を、自分はミスコースしたことによりパスしていたんですよ。ホント助かったぁface03 そしてちなみに、シンヨさんも同じくミスコースして沼地を回避していました。





写真奥の山の麓のほう、ホコリが立っているのがオンコース。自分もその砂埃を見ていたんですけど、すでに大きくミスコースしていたから、オンコースに戻るよりも、GPSポイントを目指したことが幸いしたんです。



災い転じて福となす、というかこのミスコースは本当にラッキー、ビギナーズラック以外のなにものでもありません face03
  

ETAP-2 その4

CP1のあと、距離計のレンズが曇ってよく見えないシンヨさんを後ろに従えて走り出しました。もちろん、「ペースが合わなかったら、いつでも抜いて下さい」ってシンヨさんに言っておきましたけど、まだ2日目、SSとしては初日だったので、シンヨさんもゆっくり走っていて、自分の後ろにいました。


そして、しばらくすると、ガレガレの川に入ります。ラリーモンゴリアの全行程で、これから何回か川のなかを走ることがありました。水は少ししか流れていないか、水がない川を道として走るんですけど、もちろん川ですから、岩とサンドで結構、大変(^_^;)

自分はゆっくり岩を避けながら走っていましたが、ここで、後ろから1台のBMWがとんでもないスピードですっとんできて抜かれました face08





日本人常連組の中でもいつもトップグループにいる、#4 マエダッチさんです。こっちが2速でトコトコ走るガレ場で、こんなでかいF800GSなのに抜かれるとき「ドッヒューン!」って効果音が聞こえるほどの速度差で、マジビビリました (;´∀`)・・・うわぁ・・・

このとき、マエダッチさんはマシントラブルで止まっていて、後ろから抜かれたわけですけど、ここまで速度差があると抜かれてもまったく悔しくありません <( ̄- ̄)> エッヘン!



とにかく、目先の岩を避けることに集中していたのですが、気がつくとシンヨさんが後ろにいません。ここで「あれ? シンヨさんコケたかな?」とか思ったりしたんですけど、レース中ですから戻ることは考えず、一人で走りました。

しかし、どうもコースが分からなくなったとき、右の護岸にクルマが登っていったかすかなワダチを発見! これを見つけた時、嬉しかったですよ、ホント。川のなかのワダチはまだ続いているので、この登るワダチを見逃していたら、確実にミスコース。「これを注意深く見つけられた俺ってエライ!」って思いました face02



しかし、川から上がって草原に出ると、どうもルートマップとピストが一致しないし、CAPもおかしい… そこで、ルートマップは諦めてGPSポイントの方向だけ見て走るCAP走行に切り替えました。

モンゴルで走るのは、たいてい草原というか荒野なので、だだっぴろい場所でビストから外れても走れるんです。ただし、そうしてオフピストすると、どこに地面のクラックがあるか分からないので(オンルートならルートマップに危険箇所は「!」で記載されているから、ある程度は信じて走れます)、慎重にゆっくり走らざるを得ません。

だから、出来る限りピストで、オンコースで走ったほうがペースをあげられるので、自分はGPSポイントのCAP走行でショートカットするより、オンコースのほうがいいと思います。



こうして、なんとか草原のGPSポイントにたどり着き、距離計の数値を修正してルートマップでのオンコース走行に戻ることが出来ました(^_^;)


しかし、また迷います。こんどは集落が出てきました





荒野を走っているとき、道(ピスト)はなにかの目的地と目的地を繋ぐルートで出来ています。基本的に集落と集落を繋ぐように出来ているから、メインピストを外さなければ、迷いにくいんです。

ところが集落周辺になると、いろんな人がいろんな道を作るから、ピストがしっちゃかめっちゃかいっぱいあります…

だから、ルートマップを見ていても、「ん?曲がるのはこの交差点か? 六叉路ぐらいになってるけど、右ってどの右よ???」ってな感じで、自分の位置すら怪しくなり、ラリー期間中、集落を通過するときは、いつもアタフタしてました face07




なんとか苦労しながら、オンコースに戻り、そろそろRCPが近づいてきました。RCPとはレストコントロールポイントの略称で、ここで全員が必ず一時間ストップします。だいたい、SSの真ん中ぐらいにあって、ライダー達が無理をしすぎないように、強制的に休ませるわけです。

このあたりになると前にも後ろにも誰もいません。でも、なんだかんだと迷いながらもオンコースに戻れて走り続けている自分が嬉しくて、「いや~、川のところでシンヨさんをチギっちゃったし、俺、結構、良い順位を走ってるんじゃないの! RCPに小栗さんはいるよな、きっと。ちょっと自慢しちゃおかな~!」なんて浮かれながら走っていました (* ̄ー ̄)v





そして、RCPに到着。すると、小栗さんはもちろんですが、後方にいるはずのシンヨさんもいます…







シンヨさんに開口一番、「バトンさん、川のなかから上がるところ見逃したでしょ! 先に行っちゃったから止めることも出来なかったよ。よく辿りつけたね~!」って言われ、小栗さんからも「やったじゃん!」って褒めてもらいました。

…そう、自分が川から上がったときはすでにミスコースしていたんです。しかも、自分がそこでミスコースしたということすら、まったく気づいていませんでした orz


もちろん、「いや~、シンヨさん、川のところでコケたのかもしれません。そのあとシンヨさんは自分に追いつかなかったし、川から上がるところは難しかったから、ひょっとしたら迷っているかも」 なーんて小栗さんに報告しようとしていたという赤っ恥は、永遠に胸の奥にしまい込みました(^_^;)





ちなみに、このETAP-2のRCPのあと、レース終了までRCPで小栗さんにもシンヨさんにも会うことはありませんでした。RCPで一時間待機ですが、RCPに到着するまでに二人には一時間以上の差を付けられるので、自分が到着した時には小栗さんもシンヨさんもすでにRCPを出た後になるんです。

このETAP-2は、SS初日だったから、小栗さんもシンヨさんもゆーっくり走っていたので、自分がRCPで二人に会えたんです。

ホント、ちょっと褒められて、自分がそれなりに速く走れているなんて思っていたことが恥ずかしくてしょうがなくて、これから先、自分はさらにペースを落として安全運転に徹することにしました。だから、自分がたぶん一番良いペースで走っていたのはこのETAP-2で、このあと毎日どんどんペースは落ちていったんです …




でも、ここでこうして自分の身の程を知ったので、完走できたんでしょうね(`・ω・´)ゞ


  

ETAP-2 その3

無事に川渡りを終えると、だだっ広い草原にに出ました。川渡りでみんな溜まっていたので、しばらくはコンボイ的に走っていて自分が先頭だったんですが、しばらくすると、BMWのみなさんが3台ほど前に出て、さすが大排気量で100km/h~110km/hぐらいにペースアップしていきました。川渡りの写真を撮っていたシンヨさんは自分の後ろにいたんですけど、BMWと一緒に前に出ました。自分にはちょっとこのペースは怖かったので、ペースを落としてソロツーリング状態です(^_^;)



朝のブリーフィングで、「今日の150kmあたりの湖に曲るポイントは非常に分かりづらいのでGPSポイントを付けました。昔の大会でこのポイントがみんな分からなくて、オンコースだったプリウスが区間トップをとったことがあったぐらいです」とのこと。

案の定というかこのポイントが分からなくなって、自分も右往左往していたんですが、ここでカミオン、HINOレンジャー発見!





カミオンはでっかいし、激しくホコリをあげるから、だだっぴろい草原で遠くからよく目立つんですよ face02 「カミオンが走っているところは間違いなくオンコース!」って思って付いていきましたw

(このとき曲がるところにGPSポイントが設定されていたから、迷ったら最初からGPSポイントの方向だけを目指す=【CAP走行】をすればよかったんですけどね。ラリー初心者の自分は、まだ、そこまで頭が回らず、ひたすらコースマップで、どうやってオンコースに戻ろうか試行錯誤してました)



しばらくすると、小栗さんも迷っていたらしく、後ろから自分を抜いてHINOレンジャーの後ろに付いて行きましたが、自分はGPSポイントでバイクを止めて、IMOの距離とルートマップを修正していたので、ここでまたボッチとなりました。

(自分の距離計のメーカーはIMO、他の日本人はみんなICOってメーカーのものです。なのでみんな、距離計は「ICO」ってメーカー名で呼んでます)



しばらく走ると湖が見えて、路面はサンドが多くなって来ました。ここでまた分岐を探して止まっていると、シンヨさんに抜かれました。そう、自分は小栗さんもシンヨさんも走って抜いたことは一度もなかったんですけど、オンコースを走っていると、いつの間にか前に出ていたわけです。


そして、CP1(チェックポイント)にはシンヨさんと二人で到着









ここでシンヨさんと話をしたら「2つ付けているICOが、どっちとも昨日の雨で中に水が入ってレンズが曇ってよく見えない…」とのこと。「じゃあ、しばらく自分が先行しましょうか」ってことでCP1のあと二人で走ることにしました。


…ここまでは自分も順調だったんです。小栗さんに「バトン、よくやった」って昨日、無事に帰ってきて褒められたし、シンヨさんにも「バトンさん、結構、良いペースで走ってますよね!」なんて言われて、正直、調子に乗ってました(^^ゞ



ま、そうやって調子に乗っていると落とし穴があるわけで…



  

ETAP-2 その2

ETAP-2は371kmすべてがSS(スペシャルステージ:競技区間)であり、ビバークからスタートした瞬間からゴールするまでのタイムで順位が決まります。


もちろん自分は、慎重に、慎重に、スタートしました。最初はこんな感じで、だだっぴろいストレートが続き、80km/hぐらいで流してました。




すると、自分の1分前にスタートした小栗さんも流しています。ちょっとあとを付いて行ったら、「先にいけ」って合図。自分の走りをチェックしてもらうためにも小栗さんの前に出ました。

まあ、しばらく行ってコースが分かんなくなてウロウロしてたら、後から来たモンゴル人ライダーと小栗さんが一緒に先行して、その後に続きました。でも、微妙に二人のペースが速かったので、自分は離れてマイペースに戻しました。



…が、またしても小栗さんと合流、というか日本人ライダーはほとんどここで止まってました。そう、川渡り face07







小栗さんもシンヨさんも、そして日本人のみんなが様子を見ていたので、自分は川に歩いて入りました(`・ω・´)ゞ ラリー初心者の自分でも、ちょっとはTeam オーマイガッ!の役に立たないとねw

で、「行けそうかな~」って歩いて行ったら、もうすぐで向こう岸というところで、急に腰以上まで深くなり、ズボッとハマって危うくコケそうに… 「無理無理無理無理ィィィ!」って、バッテンマークを出して、自分は確かにみんなの役に立ったわけです face09



そして、自分が歩いて入ったルートでなくて、ちょっと下流側が浅そうで、後からきたクルマが渡ったので、「じゃあ、3人で協力して押して渡りますか!」って小栗さんとシンヨさんで話していたところ、一台のジモティバイク(よく分からないメーカーのビジネスバイクっぽいヤツ。地元民の足です)がタンデムで登場。

そのジモティバイク、うろうろと「あーでもない、こーでもない」と相談しながら止まっている日本人ライダー達に、「こっちこっち」って手招きすると、なんの躊躇もせずタンデムのまま川に入り、いとも簡単に渡河成功!



こんだけ良いバイク達で装備もバッチリ決めている日本人ラリー参加者は、そのジモティバイクを見て小っ恥ずかしくなり次々と渡っていきましたとさ (^^ゞ









ここまでスタートから1時間足らず。ETAP-2はまだまだ長いですよw



  



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